認知症患者全体の15%程度と、高い確率であらわれる症状に「妄想」があります。特に「物盗られ妄想」は多くみられるもので、妄想の約75%を占めています。身の回りのことは自立して行えるような初期状態の人によくあらわれる症状で、周囲の人を困惑させたり怒らせたりしてしまいます。大事な物やお金が盗られたと訴えることが代表例です。ほかにも「自分を家から追い出そうとしている」「悪口を言われている」など、事実に反したネガティブな思い込みも併せて多くなります。

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  • 原因は

物を盗られたという妄想の根本は、「置いた場所を忘れてしまう」という認知症特有の記憶障害が原因です。ただし通常は置いた場所を忘れても「自分が失くした」と自覚していることが大半です。しかし認知症の物盗られ妄想にその気持ちは全く存在せず、探すことをほとんどしません。「無い=盗まれた」となってしまうのです。実はこの場合、「お金を人に盗られるのではないか」と不安に思う気持ちを妄想が起きる前から持っているケースが多いのです。その結果自分でしまう場所を変えたもののそれを忘れ、「盗まれた」という思い込みになる悪循環を招きます。

また、「家族に迷惑をかけてしまっている」と心に根付いている気持ちが影響しているともいわれています。家族に何か話しかけたときに「忙しいから、後で」などと冷たい対応をされると、「自分は邪魔なのではないか」という気持ちから「邪魔者にされた」という思い込みに移行してしまいます。すると自分がいない時に家族が集まって話をしているのを見かけると、「自分をのけものにしようとしているのでは」と考えるようになってしまいます。そうして「自分は虐げられている」というところから「物を盗られた」という訴えにつながっている場合があります。

このように、「物が無い」というのはもともとの性格に加えて記憶障害や思考能力・判断力の低下、そのときの不安定な心理状態などさまざまな原因が重なって出る症状です。発熱や身体の痛みなどといった身体的な不調や引っ越しや入院、ヘルパーが変わるといった環境の変化も原因となることがあります。

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  • 症状は

自分が失くしたとは全く思わない、ということが認知症における物盗られ妄想の特徴です。身のまわりのことは自分で行うことができ在宅介護ができている認知症初期の人によく見られる症状で、中期以降で特養などの施設入所になるレベルなで進むと少なくなります。また、この妄想は圧倒的に女性に多く見られるのも特筆すべき点です。盗まれたと訴えるのは財布や現金が多く、貯金通帳や宝石などの場合もあります。

例えば、金銭に執着するようになった結果通帳と印鑑を今までと違う場所に隠したのにそれを忘れてしまい「盗まれた」と訴えて警察を呼ぶ、介護ヘルパーが新しい人に代わった直後に「財布を盗まれた」と訴えるようになる、などがあります。本人が訴えているだけならまだしも、警察やヘルパーなど他人も巻き込んでしまう騒動になることも珍しくありません。自分のことは自分で行えるくらいしっかりしている状態であらわれる妄想のため、事情を知らない近所の人などは疑いの目を向けることもあります。そんな状態に、家族はストレスを抱えてしまうでしょう。

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  • 対処は

しかし、家族など周囲の人には冷静な対応が求められます。まずは「これは認知症という病気のせいだ」ときちんと理解をすることです。認知症の物盗られ妄想は初期特有のものです。症状の進行とともに自然とおさまってくるものです。慌てることなく、余裕を持った態度で接することが大切です。次に忘れてはいけないことは「否定しない」ことです。身に覚えの無いことで「盗んだ」と言われてしまうと「違う」と答えたくなってしまいますが、認知症患者にとっては逆効果になることを覚えておいてください。

妄想は病気による思い込みですから、本人は「自分は間違っていない」と思っています。そこで周囲から「あなたの言っていることは違います」と否定されてしまうと、ストレスを高めてしまうだけで決して納得することはあません。「理論的に反論すれば分かってくれる」ということは通用しません。感情的に否定せずに相手の発言を受け止めてあげることを続けるだけで、症状が次第に改善に向かっていくこともあります。

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  • おさらい

妄想は認知症の患者によくあらわれる症状です。その中でも高い割合を占めるのが「財布を盗まれた」といった物盗られ妄想です。どこに物を置いたかということを忘れてしまうことに加えて、認知症の方が感じやすい不安や猜疑(さいぎ)といった感情や判断力の低下が絡み合って起こる症状です。周囲の人は困惑し、「違います」と言ってしまいがちですが、これは逆効果でますます思い込みを強くしてしまう可能性があります。あくまで冷静に落ち着いて、相手の発言を否定しないように対話を続けていくと、症状が改善する場合があります。